イタリアⅡ ・ シエナ ③


またしても夏日   ほんとうに夏になったらどうなるんでしょう?
 水分補給   を充分にして 乗り切りましょう!

ところで
 シエナの街歩きですが、写真の掲載は話題に沿って載せているので 歩いた順序とは
 一致しません あしからず。

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さて カピターノ通りを 進んでいくと

 Piazza di Postierle 狼の広場がありました。

 要するに コントラーダ Lupa (雌オオカミ) ですネ!

 ちょっと泉は見当たりませんが、こういう広場は普段駐車場になっているようです。


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ローマ建国の父 ロムルスと、その双子の兄弟 レムスを育てたといわれている雌狼が元に
なっていると思われますが 双子はいません?

  とっとっ と いや陰でよく見えませんが、やはりいます。

  ・ ・ シエナはローマ建国神話に登場した兄弟の子孫が 建国したのだそうです!


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シエナの街 この辺を歩いていると壁に 輪っか みたいなものを とても多く見かけます?


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これは 馬止めです。  とても凝っていますネ!  まだ現役ですよ?

シエナのお祭り パリオ には たくさんの馬が出場します その馬を繋げておくのですネ 

なるほど でも位置が高くない?


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          こんな アーチを くぐって ・ ・ ・


                 


                  ・


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わぁー 現れました シエナの大聖堂 (サンタ ・ マリア ・ アッスンタ大聖堂)!

   圧巻です。

トスカーナ地方の町 シエナは三つの丘にまたがり 13 ~ 14世紀にはヨーロッパの金融業の
中心地として栄えました。 トスカーナの覇権を巡り、隣国フィレンツェとの間に繰り返された
激しい抗争の最中に、市民が団結して建てた大聖堂は、今もシエナ市民の誇りでなのです。


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ロマネスク ・ ゴシック期の設計による正面装飾 最上部は14世紀末に完成。

 モザイク画 「聖母戴冠」


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シエナの街の、もっとも高い丘の上に建つ大聖堂の建設には、12世紀半ばの着工から200年
以上が費やされました。 
 工事は、隣国フィレンツェとの激しい抗争の時期と重なりました。 
しかし市民は団結して建設に協力、崖を崩して石材を運び、教会もその労働に対し、贖罪を約束
することで報いたのです。 
 こうして13世紀半ば、白と暗緑色の大理石を交互に積み上げた横縞模様の大聖堂がほぼ
完成したのです。


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見よ この圧倒的な 立体感!

 見慣れている 著名な世界遺産の大聖堂と違い この大胆な ファザードは新鮮に映る!


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この極端に壁面から飛び出した彫刻群 外敵を威圧するかのように横に飛び出しているのは
動物たち。 獅子、馬、牛、鷲、狼 ・ ・ ・
全部確かめてはいないが コントラーダの動物は ここからきているのではないかと思ってしまう?


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正面中央のブロンズの扉。

外壁の立体感のある彫刻に比べ、浅い浮彫がしなやかで、心安らぐ入り口です。


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さて大聖堂内部ですが、内部見学の時間は無く ガッカリ 

 今 一番見たい場所なのですけどネ

 そこで チケット売り場前に掲示されていたパネルや、お土産資料から数点紹介します。

こちらが 大聖堂内部 身廊と側廊の間は、暗緑色と白の横稿模様で統一された支柱によって
仕切られています。 身廊の天井はアーチ形。 奥に見えるのは後陣の祭壇。
床面は、1373年から 1547年にかけて、色とりどりの石を使い遠近法を採リ入れた 象嵌細工
で装飾されました。 その範囲は300㎡に及びます。


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このように 大理石の床は繊細なもの。
床の象嵌細工は、56の宗教場面を表現したもので、保護のために、細工部分の立ち入りは制限
されています。

こちらは 「幼児虐殺」  ユダヤ人のヘロデ王が、自分の王座をキリストに奪われることを恐れて
ベツレヘム周辺で 生まれたての幼児の殺害を命じた その悲惨なシーン 


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その名残は大聖堂外側の基礎部分にもみられ、基礎といっても侮れない凝りよう! 


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そして、こちら 「ピッコローミニ図書館」

ピッコローミニ家出身の シルヴィオ ・ ピッコローミニが、法王ピオ4世になった時に作らせた
大変豪華な図書館。 叔父にあたる 教皇ピウス2世の 蔵書保管のため、翼廊内に作りました。
壁のフレスコ画は、法王ピオ4世の生涯を ほめ称えたテーマで埋め尽くされています。
立体的に見えますが、実は平面に描かれていろのです。

中央には三美神の小彫刻、壁際にはいくつかの蔵書が展示されています。


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こちらは 大聖堂の前にある サンタ ・ マリア ・ デッラ ・スカラ教会 です。
9 ~ 10世紀には救済院、病院として造られました 現在の横長のレンガつくりの建物は15世紀
のものです。

スカラ (階段 )は大聖堂前の階段から 名前が付いたといわれています。

 大聖堂を見学に来た観光客のほとんどが こちら側から記念写真を撮ります。
 

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先程紹介した チケット売り場の 案内パネルです。
OPA という表示がありますね シエナを観光する際に共通券のサービスがいろいろあります。
この ドゥオモ関係をまとめたのがこの OPA SI PASS All iclutive

 このような場所が見られますよ という案内。
 (大聖堂 、洗礼堂、付属美術館、地下聖堂など)

 中央のパネルの建物図 右端の壁にご注目?  


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     ・

1260年に モンタペルティの戦いで勝利したあとも、シエナの フィレンツェへの対抗心は変わら
なかった。 それは国力だけでなく、芸術面にも向けられました。 美術では、フィレンツェに
写実的な画風が興ると、神秘的で繊細な画風の シエナ派 を確立。 建築では、世界最大を目指
していた フィレンツェの サンタ ・ マリア ・ デル ・ フィオーレ大聖堂 を凌ぐべく、聖堂の大改築
にまで及んだのです。

 シエナは1339年、大聖堂の拡張工事に着手。 それまでの建物の向きを 90度変え、十字架の
長軸 (身廊) を短軸 (翼廊) にし、より大きな身廊を増築するというものです。
ですが、14世紀半ば、シエナは ペストや飢饉による人口激減で財政難に陥り、新たな正面入り口
を造ったところで、工事は中断されてしまったのです。 

未完成のままの 新ファザードの壁! 左側の壁と側廊はかなり完成していたので現在は
付属美術館として利用されています。


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未完の壁を通り抜けると 急な坂道。

 未完と言えど、外側は既存の聖堂に劣らない造り 現状でも イタリアで最も美しいと
 言われるファザード
 完成していれば、誰もがその美しさ、規模に驚嘆したでしょう  


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坂道を下り、大聖堂の後陣側に回ると サン ・ ジョヴァンニ洗礼堂があります。
傾斜地の為 南の後陣の階下に位置しています。

やはり工事が途中で終わってしまったらしく スッキリ  あまり立体感はありません。

知りませんでしたが、ここには あの有名な ドナテッロ作 「洗礼者ヨハネ像」 があります。
その他 洗礼堂の天井と祭室の壁画や、洗礼盤は お勧めポイント!

     ・

洗礼堂前のちょっとした広場には テラスのお店
   
     ちょっと お茶飲んでいこうよ 


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坂道をさらに下り、迷路のような路地を進んでいくと また ちょっとした広場がありました。

 Piazza Indipendenza ?  バスやタクシーが行き交う拠点? 近くに何かが?

               ・


     sie16.jpg

     またしても 薄暗く狭い路地裏のアーチ 

      でも 向こうは とても明るい?

          ?

         続きます

          ・
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